語学学習のアルクのサイトがお届けする進化するオンライン英和・和英辞書『英辞郎 on the WEB』。大学生やビジネスパースンから翻訳家、医療・製薬業関係者の方々まで幅広くお使いいただいております。
英辞郎 on the WEB Pro / Pro Lite
英辞郎 on WEB Pro

英和・和英検索をもっと便利に

アプリならすべてのサービスを
ご利用いただけます。

  • App Store
  • Google Play

シーア派の検索結果

22 検索結果一覧を見る
  • シーア派

    • Shi'a《イスラム教》〔マホメットのいとこで娘婿{むすめむこ}である第4代カリフのアリ(Ali)のみをマホメットの真の後継者{こうけいしゃ}と考える、イスラム教でスンニ派{は}に次いで大きい宗派{しゅうは}。従{したが}ってラシダン(Rashidun)のカリフのうち最初{さいしょ}の3人の正統性{せいとう せい}を認{みと}めない点で、スンニ派{は}と異{こと}なる。シーア派{は}はさらに三つに分かれており、そのうちの最大{さいだい}の12イマーム派{は}TwelverまたはImamite)はイラン、アゼルバイジャン、バーレーン、イラクで最大{さいだい}の宗派{しゅうは}を形成{けいせい}する。◆【参考】Sunni
    • Shi'ah《イスラム教》〔マホメットのいとこで娘婿{むすめむこ}である第4代カリフのアリ(Ali)のみをマホメットの真の後継者{こうけいしゃ}と考える、イスラム教でスンニ派{は}に次いで大きい宗派{しゅうは}。従{したが}ってラシダン(Rashidun)のカリフのうち最初{さいしょ}の3人の正統性{せいとう せい}を認{みと}めない点で、スンニ派{は}と異{こと}なる。シーア派{は}はさらに三つに分かれており、そのうちの最大{さいだい}の12イマーム派{は}TwelverまたはImamite)はイラン、アゼルバイジャン、バーレーン、イラクで最大{さいだい}の宗派{しゅうは}を形成{けいせい}する。◆【参考】Sunni
    • Shia《イスラム教》〔マホメットのいとこで娘婿{むすめむこ}である第4代カリフのアリ(Ali)のみをマホメットの真の後継者{こうけいしゃ}と考える、イスラム教でスンニ派{は}に次いで大きい宗派{しゅうは}。従{したが}ってラシダン(Rashidun)のカリフのうち最初{さいしょ}の3人の正統性{せいとう せい}を認{みと}めない点で、スンニ派{は}と異{こと}なる。シーア派{は}はさらに三つに分かれており、そのうちの最大{さいだい}の12イマーム派{は}TwelverまたはImamite)はイラン、アゼルバイジャン、バーレーン、イラクで最大{さいだい}の宗派{しゅうは}を形成{けいせい}する。◆【参考】Sunni
    • Shia [Shiah] Islam [Muslim]《イスラム教》〔【同】Shiah
    • Shiah《イスラム教》〔マホメットのいとこで娘婿{むすめむこ}である第4代カリフのアリ(Ali)のみをマホメットの真の後継者{こうけいしゃ}と考える、イスラム教でスンニ派{は}に次いで大きい宗派{しゅうは}。従{したが}ってラシダン(Rashidun)のカリフのうち最初{さいしょ}の3人の正統性{せいとう せい}を認{みと}めない点で、スンニ派{は}と異{こと}なる。シーア派{は}はさらに三つに分かれており、そのうちの最大{さいだい}の12イマーム派{は}TwelverまたはImamite)はイラン、アゼルバイジャン、バーレーン、イラクで最大{さいだい}の宗派{しゅうは}を形成{けいせい}する。◆【参考】Sunni
    • Shiites《回教》〔イスラムの2大宗派{たいそう は}の一つ(歴史的{れきし てき}にはアラブがスンニ派{は}、ペルシャ・現イランがシーア派{は}。イランの国教{こっきょう}はシーアの12イマーム派{は})。ウマイヤ朝「カリフ」の権威{けんい}を否定{ひてい}し(カリフ制を認{みと}めない)、「イマーム」(アリーの後継者{こうけいしゃ}rightful leader)が権威{けんい}を持つ。ShiahShiiteShi'iteShiahの語源{ごげん}は、Shi:'at Aliy(アリーを支持{しじ}する党派{とうは})。◆【参考】Sunna Muslim(スンナ派{は})〕
    単語帳

シーア派を含む検索結果一覧

該当件数 : 22件
  • シーア派とスンニ派のイスラム教徒

    Shiite and Sunni Muslims〔シーア派{は}はイラクの人口{じんこう}の60%前後{ぜんご}を占{し}める多数派{たすうは}。フセイン政権{せいけん}はスンニ派{は}を優遇{ゆうぐう}し、シーア派{は}を抑圧{よくあつ}した。〕
    単語帳
  • シーア派に支配された

    【形】
      Shiite-dominated【参考】Shiite
    単語帳
  • シーア派

    【形】
    1. Shi'a《イスラム教》〔【同】Shiite
    2. Shi'ah《イスラム教》〔【同】Shiite
    3. Shi'ite《イスラム教》
    4. Shia《イスラム教》〔【同】Shiite
    5. Shiah《イスラム教》〔【同】Shiite
    6. Shiite《イスラム教》
    単語帳
  • シーア派の主要政党

    単語帳
  • シーア派の政府

    単語帳
  • シーア派の部族長

    単語帳
  • シーア派アラブ人

    単語帳
  • シーア派モスク

    単語帳
  • シーア派嫌い

    Shiaphobia《精神医学》〔シーア派{は}(の人々{ひとびと})に対して異常{いじょう}な嫌悪感{けんおかん}または恐怖心{きょうふしん}を持つこと〕
    単語帳
  • シーア派指導者

    単語帳
  • シーア派教徒

    単語帳
  • シーア派教徒の

    【形】
    1. Shi'a《イスラム教》〔【同】Shiite
    2. Shi'ah《イスラム教》〔【同】Shiite
    3. Shi'ite《イスラム教》
    4. Shia《イスラム教》〔【同】Shiite
    5. Shiah《イスラム教》〔【同】Shiite
    6. Shiite《イスラム教》
    単語帳
  • シーア派聖廟

    単語帳
  • 12イマーム・シーア派

    Twelve-Imam Shiites《回教》〔イスラム・シーア派{は}の中の最大宗派{さいだい しゅうは}。イラクの国教{こっきょう}。アリー以降{いこう}の12人のイマームを認{みと}める。第12代のムハンマド・アルムンタザル(ムハンマド・アル・マッハディ、-874,-872?)は子どもがいなかったので、イマームは彼で絶{た}える。しかし第12代イマームは死んだのではなく、「隠{かく}れ」の状態{じょうたい}に入っているのだと解釈{かいしゃく}し、世の終末{しゅうまつ}に再臨{さいりん}するとする。その間はイスラム法学者{ほうがくしゃ}が人々{ひとびと}に正しいイスラムを示{しめ}す。ホメイ二師{にし}(イラン革命{かくめい})の「法学者{ほうがくしゃ}による統治{とうち}」はこれを指す。◆【参考】Shiite Muslim
    単語帳
  • イスラム教シーア派

    単語帳
  • イスラム教シーア派の指導者

    単語帳
  • イスラム教シーア派政権

    単語帳
  • スンニ派とシーア派

    Sunni and Shi'a〔イスラム教の二大分派{にだい ぶんぱ}。イラクではシーア派{は}が約6割{わり}を占{し}めているが、フセイン元大統領{もと だいとうりょう}をはじめとする旧支配層{きゅう しはい そう}はスンニ派{は}。〕
    単語帳
  • 反政府のシーア派

    単語帳
  • 殉教の日の事件シーア派

    • Karbala martyrdom〔イスラムのスンニ派{は}・シーア派分裂{は ぶんれつ}を象徴{しょうちょう}する戦闘{せんとう}。ウマイヤ軍(スンニ)がハサン軍(シーア)を全滅{ぜんめつ}させた。(AD680.10.10、イスラム暦{れき}1月10日、イラク・ユーフラテス河畔{かはん}Karbalaで)。アリー(Ali, 第4代カリフ、マホメットのいとこ、マホメットの娘のファーティマの夫)、とハサン(Hasan, アリーの長男{ちょうなん})が、シリアの太守{たいしゅ}「ウマイヤ家」のムアーウィアによって暗殺{あんさつ}される。アリーの次男{じなん}フサイン(Husayn, ハサンの弟)が挙兵{きょへい}したが、ムアーウィアの陰謀{いんぼう}でカルバラーKarbalaで全滅{ぜんめつ}。イスラム暦{れき}1月10日がシーア派{は}の「殉教{じゅんきょう}の日」に。ウマイヤ家はイスラム最初{さいしょ}の王朝{おうちょう}・ウマイヤ朝を興{おこ}す。◆【参考】Sunni Muslim(ムスリム・スンニ派{は}); Shiah Muslim(ムスリム・シーア派{は}); Ali ; Imam(シーア指導者{しどうしゃ}の称号{しょうごう}); ulama(シーアの法学者{ほうがくしゃ})〕
    • martyrdom at Karbala〔イスラムのスンニ派{は}・シーア派分裂{は ぶんれつ}を象徴{しょうちょう}する戦闘{せんとう}。ウマイヤ軍(スンニ)がハサン軍(シーア)を全滅{ぜんめつ}させた。(AD680.10.10、イスラム暦{れき}1月10日、イラク・ユーフラテス河畔{かはん}Karbalaで)。アリー(Ali, 第4代カリフ、マホメットのいとこ、マホメットの娘のファーティマの夫)、とハサン(Hasan, アリーの長男{ちょうなん})が、シリアの太守{たいしゅ}「ウマイヤ家」のムアーウィアによって暗殺{あんさつ}される。アリーの次男{じなん}フサイン(Husayn, ハサンの弟)が挙兵{きょへい}したが、ムアーウィアの陰謀{いんぼう}でカルバラーKarbalaで全滅{ぜんめつ}。イスラム暦{れき}1月10日がシーア派{は}の「殉教{じゅんきょう}の日」に。ウマイヤ家はイスラム最初{さいしょ}の王朝{おうちょう}・ウマイヤ朝を興{おこ}す。◆【参考】Sunni Muslim(ムスリム・スンニ派{は}); Shiah Muslim(ムスリム・シーア派{は}); Ali ; Imam(シーア指導者{しどうしゃ}の称号{しょうごう}); ulama(シーアの法学者{ほうがくしゃ})〕
    単語帳